[本のななめ読み]森博嗣『少し変わった子あります』×吉田五十八『饒舌抄』
森博嗣『少し変わった子あります』
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吉田五十八『饒舌抄』
〜食事と住まいから部分と全体を考える〜
「ああ、美味しかった」
森博嗣『少し変わった子あります』は、ほんの少しミステリーな雰囲気も漂わせつつ、静かに進んでいくストーリーが魅力の一冊です。冒頭のセリフは、各話ごとに場所も食事相手も違う少し変わった店で主人公が呟いたものです。
「非常に上品だが、印象は薄く、どうしてもまた食べにいきたい、というほどのものではない」料理。「その子がどんな顔だったか」も思い出せない食事相手。それでも主人公はその食事に確かに満足し、店に通い詰めるようになります。どうやら食事の魅力は料理だけ、食事相手だけ、で成り立つものではないようです。
こういったことは住まいにも言えそうです。
建築家:吉田五十八が書いた『饒舌抄』冒頭にも似たような話が紹介されています。
「或る人がかういふことを、或る有名な建築家に尋ねた。『住宅建築の極致とはどんなものですか。』するとその人は、『新築のお祝ひによばれて行って、特に目立って誉めるところもないしと云って又けなす処もない。そしてすぐに帰りたいと云った気にもならなかつたので、つい良い気持ちになつてズルズルと長く居たといつたやうな住宅が、これが住宅建築の極致である。』と答えた。」
という話です。
食事も住まいも、はたまた人も、単体の完成度ではなくて、関係するもの全体の気分や雰囲気といったものが満足感の素なのかもしれません。くらし全体の良い雰囲気をつくるためには、ひとつのものにばかりこだわらずに、それぞれのものの関係に注目した方がよいのかもしれませんね。